Choro

 【歴史的背景】
ブラジルで一番古い都会のポピュラー音楽と考えられる「ショーロ」は、19世紀中頃にブラジルの当時の首都リオデジャネイロという街で生まれた。ポルトガ ル大航海時代の1500年、インドを目指して航海していたPedro Alvares Cabralが漂着して以来、ヨーロッパ人、彼らによって連れてこられたアフリカ人奴隷、そして原住民インディオたちでブラジルという国が形成されてい く。19世紀初頭には、フランス軍の進入によりポルトガル宮廷がリオへ遷都、その頃にヨーロッパの音楽や楽器、演奏家などが多くブラジルへもたらされるよ うになった。その後、1822年にポルトガルから独立、1888年には奴隷の解放、翌年1889年には帝政から共和制へと移行した。



同じ土地で、原住民インディオ、植民者ヨーロッパ人、そしてアフリカ奴隷、それぞれが自分たちの文化の中で生きていた時代から、一つの国としてまとまろう とする時代へ。そんな動きの中、人々はみなで共通の文化を持ちたいと思うようになっていく。インディオの持つもの悲しい旋律、ヨーロッパ音楽の持つメロ ディ、リズムそして豊かなハーモニー、そしてアフリカのリズム、それらを掛け合わせて出来たのが「ショーロ」。ここに、ブラジル史上初めての、すべてのも のに共通する音楽が誕生した。

19世紀後半には自作自演をするショラゥン(ショーロの演奏家)がたくさん現れるようになり、かれらの大半は公務員だったと言われる。余談であるが、たっ た50年足らずの歴史しか持たないブラジリア(現在の首都、人工的に作られた都市)にショーロが早々と根付き、優秀な演奏家を輩出しているのは、遷都のた めブラジリアへ転勤になったショラゥン公務員達が、引き続きブラジリアでショーロを楽しんだからだと言う。

その後リオデジャネイロでは、20世紀に入ってサンバが生まれ、半ば頃にはボッサノヴァが生まれる。しかしその生誕から150年の間、ショーロはその灯火を絶やすことなく、21世紀の現在まで、常に新しい演奏家や作曲家を輩出しながら発展している。
【演奏形式】
「ショーロ」の形式は、ヨーロッパの「ポルカ」と全く同じロンド形式。
A - B - C という各パート16小節で構成された3つのパートで出来ている。演奏順序は、A-A-B-B-A-C-C-A。常に各パートの繰り返しを伴い、次パートへ 行く前には必ずAを通過する。19世紀の作品の中には、この形式が未完成な作品も見られるが、20世紀に入るとその形は定着する。20世紀半ば頃からは、 16小節を倍にした32小節で1パートを構成する曲もたまに見受けられる。ひと通り楽曲を演奏した後は、BやCに戻っても良い。Aを通過しAで楽曲を終え る事以外、繰り返しは自由である。例えば、ダンスを楽しむ場合、あるいは即興を楽しみたい場合など演奏時間を延ばしたい時に少し余分に繰り返したりする が、ジャズのように即興を繰り広げながら延々と同じ曲を引き延ばして演奏されることは行われない。 
即興性
<旋律楽器>
ショーロにおける即興演奏はジャズのそれとは違い、メロディを装飾したり崩したりするところから始まる。バロック音楽における即興と同じである。少しずつ メロディから離れていったり、またメロディに戻ったりするのがショーロらしい即興だが、ハーモニーの上に全く違う即興を繰り広げる演奏家もいる。

また、別の演奏家がメロディを奏でている間、ハーモニーに沿った「コントラポント(対旋律)」を紡いでいく事も出来る。ピシンギーニャがサックスで奏でるコントラポントはショーロ演奏家のバイブルであると言えよう。

<リズム楽器>
カヴァキーニョ、ギター、パンデイロなどの伴奏楽器奏者は、あたかも会話しているようにその場にあったリズムをコンビネーションしていく。それぞれの楽曲 にあうハーモニーやリズムはあらかじめあるが、即興でそれらを崩していく遊び心が楽しい。また、7弦ギターは、低い音域でバイシャリアと呼ばれるもうひと つのコントラポントを紡いでいく。 
【楽譜】
アレンジが施されている場合は楽譜が必要だが、ホーダヂショーロ等セッション的に行われる場合は楽譜を見ずに演奏することが多い。旋律楽器奏者はメロディを覚える必要があるが、伴奏者はメロディを聴きながらハーモニーをその場で付けていく。

楽譜がたくさん出版されるようになったのは21世紀になってからのことで、それまでは聞いて覚えるやり方が主流だった。また、楽譜に書ききれないこともた くさんあるので、楽譜に頼りすぎるのは良くない。特にハーモニーは書かれてあることが絶対ではなく、他にいいアイデアが見つかれば取り替えても良い。 
【楽器および編成】
[Regional]
Regional(ヘジョナウ)とは、ショーロを演奏する基本的な編成(グループ)のことで、カヴァキーニョ、ギター、パンデイロの伴奏楽器、メロディを演奏するソロ楽器にはクラリネット、サックス、トランペット、トロンボーン、アコーディオンなど、様々な楽器が用いられる。

1) カヴァキーニョ (Cavaquinho)
4本の鉄弦(D-G-B-D)で、ピックを使って演奏する。ハーモニーはもとより、かなり打楽器的なリズムを刻む。音域が小さいのでレパートリーに限りが あるが、メロディを演奏する事もある。(Waldir Azevedo, Paulinho da Viola, Luciana Rabelloなど)

2) バンドリン (Bandolim)
4ラインの複弦(G-D-A-E)。ヨーロッパのマンドリンの裏側が平坦になり、ブラジル風になったと考えられる。主にメロディを演奏するが、カヴァキー ニョと同じようにリズムを刻むことも可能。(Pedro Amorimなど)兄弟楽器で調弦が5度低いテナーギター(Violão Tenor)がある。

3) フルート (Flauta)
クラシック音楽でよく使われるフルートは日本でもおなじみ。ショーロは19世紀中頃、フルート音楽として芽生えた。その頃海の向こうのヨーロッパでは、技巧的なフルート音楽が流行っていた時代。ショーロへの影響が大いにあったと考えられる。

4) パンデイロ (Pandeiro)
タンバリンに似た打楽器。ヘジョナウ編成で使われる打楽器はパンデイロが中心。似ていてもタンバリンとは作りも違うし、奏法も全く違う。アラブ起源。

5) ギター (Violão)
日本ではクラシックギターとして馴染みのある6弦ギターと、低い方に一弦多い7弦ギターと2台のギターを使うことが多い。7弦が低音域で独特の対旋律を奏でるのに対し、6弦はハーモニーとリズムを中音域で演奏し、カヴァキーニョと7弦との音域の隙間を埋める役割をする。

熊本尚美の所属するグループ「5 no Choro」はまさしくこれらの5つの楽器で編成される。
Naomi Kumamoto, flauta
Pedro Amorim, bandolim
Luciana Rabello, cavaquinho
Mauricio Carrilho, violão de 7 cordas
Celsinho Silva, pandeiro


[カメラータ(Camerata)]
カメラータは室内楽編成のこと。


Foto:Camerata Brasilis
EPM の生徒達で編成された室内楽グループ。フルート、フルート&サックス(持ち替え)、クラリネット、バンドリン、カヴァキーニョ、6弦ギター、7弦ギター x2,パーカッションという編成。熊本尚美が2008年1年間かけて育ててきたこれからが楽しみなグループ。数曲ピアノで加わることもある。

[オーケストラ(Orquestras)]
二つの主なオーケストラ

1) 弦楽オーケストラ

弦楽と言っても、ヴァイオリン等のシンフォニーオーケストラのそれとは違い、複数のカヴァキーニョ、バンドリン、ギターなどを使って編成するオーケストラ。色づけに少し管楽器や打楽器が加わることもある。
IV Festival Nacional de Choroより(指揮:熊本尚美)


2) ブラスバンド


世界中にあるブラスバンドと同じで、ピッコロ、フルート、クラリネット、サックス、トランペット、トロンボーン、チューバ等の管楽器と少しの打楽器。19 世紀末〜20世紀初頭は、ショーロ史上ブラスバンドが大変栄えた時代で、多くの当時の作品がブラスバンドでレコーディングされている。(リオで初めて消防 音楽隊を編成したAnacleto de Medeirosなど)
III Festival Nacional de Choroより(指揮:Naylor Proveta)


 【ホーダヂショーロ】


ホーダ・ヂ・ショーロを直訳すると「ショーロの輪」。その名の通り、輪になってショーロを演奏するのだが、それはコンサートやライブなどではなく、家庭や 公園、レストランやバーなど、場所を選ばず人が集まってはショーロを演奏して遊ぶ場のこと。100年以上続くこの習慣が、ショーロを伝承していくのには欠 かせないのだ。ここではプロもアマチュアも、子供も大人も差はない。楽譜に書き表すことの出来ないショーロのエッセンスがここで受け継がれていく。